福岡地方裁判所 昭和60年(わ)220号 判決 1985年8月19日
本籍
宮崎県北諸県郡高城町大字桜木一六五二番地ロ
住居
北九州市小倉北区板櫃一〇番二-七〇四番地
会社役員
久保田哲夫
昭和一三年一二月二三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官武部正三出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年二月及び罰金五〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、北九州市門司区栄町七番一六号天満屋ビルに事務所を置き、福岡OSH委員会久保田首席委員の肩書で、東京都品川区旗の台一丁目五番八号所在の昭和大学医学部及び歯学部の受験生を対象に入試指導等の業務を行い、その父兄らから、入試指導料等名下に多額の報酬を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、受験生の父兄に対して入試指導料等の支払を公表経理に計上しないように働きかける一方、受験生の父兄から入試指導料等として受領した収入については、一時借用してこれを弁済したように装う工作をし、更に、簿外預金を蓄積し、自己の経営する法人への貸付金を自己の実父名儀とするなどの方法により所得を秘匿した上
第一 昭和五六年分の実際所得金額が二億二、三五三万二、八七二円あったのにかかわらず、法定の申告期限である昭和五七年三月一五日までに、北九州市小倉北区萩崎町一番一〇号所在の所轄小倉税務署長に対し所得税確定申告書を提出せず、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億五、二九〇万三、二〇〇円を免れ
第二 昭和五七年分の実際所得金額が一億六一六万四、八五〇円あったのにかかわらず、昭和五八年三月八日、前記小倉税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の所得金額が一、四三九万八、八〇〇円でこれに対する所得税額が四〇三万一、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額六、四六八万一、六〇〇円と右申告税額との差額六、〇六五万三〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全部につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の大蔵事務官(一一通)、検察官(三通)に対する各供述調書
一 岡本康孝、早見要子(二通)、田島敏雄(二通)の大蔵事務官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の昭和五六年分、同五七年分脱税額計算書説明資料
判示第一の事実につき
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(検3号のもの)
判示第二の事実につき
一 検察事務官作成の報告書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(検4号のもの)
(法令の適用)
判示第一、第二の各所為 所得税法二三八条一項(いずれも懲役刑と罰金刑とを併科)、二項
併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項(懲役刑については犯情の重い判示第一の罪の刑に加重し、罰金刑については各罪所定の罰金額を合算)
労役場留置 刑法一八条
(量刑の事情)
本件は、判示のごとく、昭和大学医学部及び歯学部の受験生を対象に入試指導等の業務に従事していた被告人が、昭和五六年・同五七年の両年にわたり合計二億一三五五万円余りの所得税を免れた事案であって、その各犯行の動機、経緯、態様、罪質、結果等、特に、大学医・歯学部へ正規の入学試験によっては合格が困難と思われる受験生に関し、その父兄や予備校側等から入学できるよう配慮してほしい旨依頼を受けた被告人が右受験生の父兄から、入試指導料の名目で多額の金員を取得していたもので、その所得の実態やほ脱税額が二年分で二億一千万円余と多額であり、ほ脱率も右所得の性質上被告人にとって当然とはいえ、高率であり、昭和五六年分については全く所得申告はせず、昭和五七年分についての申告もいわゆるつまみ申告で、その申告動機は高級外車を所有していたことから、これに見合う所得を申告しなければ国税当局に自己の脱税の事実が発覚するであろうことを危惧したからにすぎないもので、被告人には、当時税負担の義務をはたそうとの姿勢が窺えなかったこと、所得の蓄積や使途も専ら個人的利益の確保のためであったこと、本件が誠実な納税者に与える影響も大きいことに被告人の過去の前科を加味考慮すると犯情は悪質であり、その刑責は重いといわなければならない。
たしかに、被告人が本件所得を得るについては、受験生を何としても医・歯学部へ入学させたいとの父兄や受験産業のほか大学関係者の姿勢を看過するわけにはいかないこと、被告人は本件の非及びその重大性を悟り、入試指導、裏口入学斡旋等をするのをやめ、ほ脱税額のうち一億数千万円の本税等を支払い、自己所有の不動産を担保に本税残額及び重加算税等を完納する旨誓約していることに被告人がこれまでに受けた社会的制裁や被告人の家庭の事情等被告人に有利な又は同情すべき諸事情も認められる。
しかしながら、本件の前記重大性に鑑みると本件は執行猶予に付すべき事案ではなく、右被告人にとって酌むべき諸事情は刑期及び罰金額の量定につき考慮するのを相当と思料し、主文掲記の刑を量定した。
よって、主文のとおり判決する。
昭和六〇年八月二九日
(裁判官 中野久利)